2011年11月7日月曜日

さようならスティーブジョブス Goodbye Steve Jobs

この題に関して、世界中のひとたちがたくさんそれぞれの想いを綴っているとおもいます。巷にはジョブス本があふれていますね。


アップルのコンピュータに初めて出会ったのは、確か1992年研修医でローテーションしていた麻酔科の医局だったと思います。麻酔医の先生の一人の持ち物だったのですが、当時としてはかなり小さな箱にモニターがついていて(1987 SE,Mac II)、当時からデザインは秀逸なものでした。内容のかっこよさは当時は全然わからなかったのですが、画面上に映し出される絵や文字、ボデイのデザインに感動して、物欲の強い私は思わず「欲しい!!」と思ったことを記憶しております。


2年くらい経て少し給料をいただけるようになったので、念願のマックを購入しました。それほど、高いマックではなかったのですが(1993 Centris 660AV)、今から20年近く前ですが、ビデオのとりこみ端子がついていて、テレビの動画を取りこめたのを見て感動しました。残念ながら今ほどCPU、メモリーの性能がなかったので、動画を編集できるところまでにはいたりませんでした。


その後、大学院生の時期に家用を含めて3台のマックのノートパソコン(1994 PowerBook 520c 1998 PowerBook G3 233MHz/13.3" 1999 iBook)にお世話になりました。


マックの画面は親しみを持ちやすく、使っているときにある種の幸福感に浸れるという、少し宗教的な感覚近いものを感じるようです。


さすがに、この時点でコンピュータに投資しすぎたという反省から、2002年にOSXがでたときのマックPowerMac G4 (Dual 867MHz)を最後に、その後はマックを離れ、なるべく値段の安いウインドウズマシンを使うようになりました。


常にマックを意識していたのですが、仕事にはウインドウズマシンが中心だったため、マックへの投資はしばらく中断しておりました。


マックと再びかかわるようになったきっかけはiphone旋風でした。自分で所持できる条件が合わなかったため、iphoneのかわりに2009年にipod touchを持つようにになりましたが、利便性にはたいそう驚かされマック教に再びスイッチが入りました。macmini、appleTV、ipadで現在に至っております。


振り返って見ると、最初はひとつの「持ち歩けない箱」というかたちで始まった情報収集のデバイスが、進化とともにだんだん小さくなり、からだに身につけるかたちに変化しているというところでしょうか。


スティーブジョブスの具現化したかったことはまだまだあったのでしょうが、パーソナルコンピュータの進化に重要な役割を果たしたということで、これからも語り継がれていくのでしょうし、
神話化されていくのでしょうね。


さようならスティーブジョブス、楽しい時間をありがとう。


マック教ではない方、呪文のような言葉を並べて失礼しました。

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