2012年4月8日日曜日

桜まつり2012 その1 雨のち五分咲き


こんばんは 今日は行楽日和でしたね。用事で外にでていたのですが、どこも桜見物の人で一杯でした。

下の写真は先週の木曜の雨上がりに撮ったものです。
まだ五分咲きくらいで、
写真からも肌寒い感じが伝わりますでしょうか?

病院の桜






阪急嵐山線線路沿いの桜

上の写真逆方向、違う風景が見えますね

桂駅前公園の桜

2012年4月1日日曜日

桜祭りの前

前回、人ごとの様に鼻炎の話をしてましたが、
とうとう自分にまわってきました。
くしゃみ、せきでえらいことです。
自分としては黄砂の影響とおもっているのですが、
真相は?です。
葉牡丹の花初めて見ました。

隣に植わっているものですが、全然違う花です。
桜の花をちらほら見かけるようになったので、
嵐山をのぞいてみました。
気温は昼間でも10度台と肌寒い日で、
桜はまだつぼみでした。

今週から来週にかけて本格的な桜シーズンのようです。



嵐山は桜の木が多いので、開花前は茶色の風景です。

花は咲いてませんでしたが、夕方6時近くなっても、嵐山はひとでいっぱいでした。

2012年3月30日金曜日

孫文がいたの? いました日本に。

花粉、黄砂まっさかりで、あちこちでくしゃみをするひとを見かけますね。

「孫文がいたの?」という題をつけさせていただきましたが、孫文さんご存知ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E6%96%87

ウィキペディアによると中国革命の父とあります

今回、孫文について書くきっかけは、某大新聞の夕刊に掲載された「孫文がいた」という孫文に関わる人々の記事をみたのがきっかけです。

元医師(マカオで開業していたそうです)であったり、日本に亡命して、神戸に滞在していたことがあるなど、どんなひとだったか興味がわきます。

孫文は台湾(中華民国)建国の父とも言われています。孫文の結成した革命政党の国民党が日本との戦争が終戦となった後、共産党との内戦に破れ、最終的に蒋介石が台湾に逃れ中華民国を建国したのは皆さん良くご存知だと思います。

この国民党が台湾人の弾圧を行ったことから、台湾人の孫文に対する感情も複雑なようです。

機会があったら、また書かせていただきます。この項続くかもです。

去年 辛亥革命100周年を記念してジャッキーチェンの『1911』が上映されていたようですが、まだ観れてません。

http://1911-movie.jp/


2012年3月23日金曜日

さよなら PCデポ 西京店

近くのパソコン屋さんが3月20日で閉店になりました。
平成18年開業だそうです。
週末や休日に気分転換に良くのぞかせていただきました。
閉店セールでペンタブレットを買おうか買うまいか思案したのですが、結局買わずじまいでした。
最後に買ったものは
メモリーカードとキーボードと無線LANでした。
お世話になりました。近所のあそびばが一つ減りました。


2012年3月21日水曜日

撮影スポット

春分の日も過ぎて、気温はまだまだ低いですが、
今日は春めいた一日でしたね。
写真は私のお気に入りの撮影スポットの一つです。
南向きの日当りの良い場所で、
運の良い日は猫がひなたぼっこしてます。
猫にとってはお気に入りのひなたぼっこの場所の様です。
以前撮ったときは黒猫1匹だったんですが、
今回はシマシマ君2匹でした。
兄弟なのかなー?
携帯カメラも進化してますよね。

コンデジでも撮れたのですが、さっと撮るのは携帯カメラが便利ですね。

2012年3月8日木曜日

物集女街道渋滞

昨日の夕方、物集女街道で渋滞に巻き込まれました。普段は離合もぎりぎりの場所に大きなトラックが道で止まったままだったのでそれが原因だったのでしょうか?結果的には地域では珍しく渋滞となりました。


物集女街道ってなに?と思われる方もあるかもしれません。


http://www.kyoto-np.co.jp/kp/ojikoji/kaido/mozume.html


昔は西国街道と山陰街道をつなぐバイパスとしてあったということですが、現在は地域住民には大事な生活道路として利用されております。


昔は周りが田んぼという風景だったようですが、今は一部の田畑をのぞいて住宅でぎっしりです。

以前にも、この道の整備について書かせていただきましたが、最近、中学校への通学路となる場所に信号がつきました。


引き続き、拡張整備等よろしくお願いいたします。

交通整理で出動していただいた警察官の皆様、ご苦労様でした。




2012年3月4日日曜日

胃がん撲滅プロジェクト5 2012現状報告

向日神社近くのスーパーに生い茂る樹です。なにかいわれがあるのでしょうね。


昨年にひきつづき、今年も京都府の消化器がん検診委員会指定講習会に参加してまいりました。


今回の講習会には消化器がん検診学会の理事長の講演がありました。


「胃がん検診の新展開」という演題でしたが、学会自体が胃がん検診を行ってきた学会なので、その長である先生の、その立場を踏まえての講演でした。


昨年の講演が、消化器内科を標榜する医師にとって疑問符をつけたくなる講演だったので、
http://pakuncho.blogspot.com/2011/04/blog-post.html


今年はそれに対する講演かと少し期待して参加したのですが、状況はそれほど甘くないようでした。


1従来のバリウムを使ったX線検査の充実拡大 
2内視鏡スクリーニング検査の導入 
3胃がんのハイリスクアプローチ


と3つのシナリオを提示していただきました。


従来の胃がん検診(バリウム)を踏襲して、何か新しい内容を入れていけないかということをお話されていたのだと思いました。


講演をお聞きした印象は、
検診の重鎮の先生方は胃がんを見つけるというところに主な目的をもっておられるようでした。
それは検診の役割から考えて当然なのですが、胃がんの大きな原因となっているピロリ菌の感染のコントロールというところにはなかなか議論がたどりつかないという感想をもちました。


また、ABC検診という名称にも問題があるようです。
私もABC検診という言葉を気軽に使わせていただいておりましたが、正確には検診の前には疾患名がつくべきとのことで、ABC検診も「胃がんリスク検査」などの用語をつかうべきとのことで、「検診」という用語はABC検査に使うのは適当ではないとのことでした。


ABC(検診をやめて検査と書いてみます)検査が、日本の胃がん検診のシステムのなかになかなか入り込みにくいのではないかということを認識したのかもしれません。


検診のことはさておいて、胃がん撲滅プロジェクトという大きな目標をたてるとしたら、その核となるのは、やはりピロリ菌感染のコントロールであるとおもいます。胃がんの拾い上げ(検診)はピロリ菌感染の結果がほとんどなので、プロジェクトの一部に位置するのでしょうね。


このプロジェクトを推し進めようとするなら、それぞれの立場の人が現状にたちはだかる垣根を乗り越えて、胃がんを撲滅するという一つの目的に向かって協力していく必要があるように思いました。