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2013年9月15日日曜日

台風18号、大気汚染とんでます

先週、PM2.5が強かったので、
その話題を書こうとしていたのですが、台風18号で、
気流がかわって、押し戻しているようです。
吹き飛ばされたのは良いですが、
台風の被害が最小限となりますように。

PM2.5、呼吸器、血管系への影響を考えると、
早期の対策、解決が望まれます。
ちょうど、中国が大気汚染対策を発表したようです。

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE98B03020130912

日本にくるときは、ある程度拡散されていますが、
当地での汚染は相当なものと想像します。

日本の経済発展とともに起こっていた現象が、
40年ほどの時間を経て、
中国でも再現されているのでしょう。


Bread Room おいしいパン屋さん 増えてます
庭の一角にコンポストがわりに、生ゴミで肥料化をはかり、
土をつくっていたのですが、そこから芽がでて、グリーンカーテンとなりました。
瓜系の花がさいて、実がならなかったのですが、最後にできました。
冬瓜のようです。うちは冬瓜好きです。

おくらもずいぶんできました。
でも、もう終わりのようです。
最後まで青虫との戦いでした。
葉が美味しいのでしょうね。

古書店で200円。
「家に絶対ある。」と言われましたが、
どこかにあるのは判っていますよ。
でも、手元においておきたいのです。
ひさしぶりに読んでみました。
出身小学校の記述があり、
白い気象箱や逆上がりができずに難儀した鉄棒など、
遥か昔の記憶をよみがえらせてくれます。
村上さん、有名になってくれて、
ありがとう。



2012年10月14日日曜日

北野町ものがたり 風見鶏の館

黄砂がとび始めてますね。
季節の変わり目でアレルギーの患者さんも多いように思います。

神戸の学会のついでに北野町に立ち寄ってみました。
北野町は小学生の時に4年間寄宿舎生活を送った場所です。
寄宿舎は偶然ですが、異人館ブームで有名になった「風見鶏の館」でした。
当時は「風見鶏の館」が有名になる前の時代で、
周りは普通の民家に囲まれたちょっと古い洋館という感じでした。
ただ、当時から風見鶏は目立つ存在だったようで、
週末には写生に訪れるひとをよくお見かけしました。

建物は1904年頃に建てられたそうです。

寄宿舎に入った当初は家に帰りたいと毎日思っておりましたが、
一生のなかでも貴重な時間を過ごせたと、
当時の親の年代になった今、感じております。

風見鶏の館

震災の影響があったようですが、神戸市がしっかり管理してくれています。
入館料があって、少し躊躇して結局入りませんでした。
維持費もあるし払って入れば良かったのですが、後悔しています。

周りにはお洒落な建物も多いですが、
少し空き室があるのが気になりました。

坂と山。天気もよく清々しい気分でした。

片道約2km弱の当時の通学路をたどってみました。
「風見鶏の館」周辺と違って、40数年前と大きな変わりなく、
学校周辺はさすがにちょっと迷いましたが、
無事たどり着けました。

この地域は当時からさまざま国のひとが居住しており、
異国情緒の漂う場所でした。

時代の移り変わりとともに外国の居住者も減っているそうで、
少し残念に思います。



大きな地図で見る


学校を撮ってみたのですが、放火騒ぎのあとでゆっくり写真を撮れませんでした。
孫文、ここにも来てたのですね。

学校のすぐ近くに患者さんがお世話になる甲状腺専門の隈病院があります。






2012年9月30日日曜日

村上春樹さんのことば

台風がやってきて、相変わらず過ごしにくい天気が続きますね。

先日、新聞に村上春樹の領土問題に対するエッセーが載せられていました。
http://www.asahi.com/culture/update/0928/TKY201209270753.html

要約を載せたいのですが、要約も著作権に関わるということなので、解説のみ記させていただきます。

領土問題をきっかけに東アジアが急に不安定になってきていることに対しての警鐘として書かれたようです。

中国や韓国の人々との著作を通しての交流で「固有の文化圏」が形成されつつあることを実感され、領土問題は実務的に解決する問題だと確信されています。

民衆を煽動して紛争を起こそうとする行為を「安酒を煽って騒ぐ行為」にたとえ、理性を失って騒いでいる間は心地良いが、酔いがさめたあとは何も残らず、ただ頭痛がするだけだと蹴散らしています。

急速に全体主義に向かおうとする政治の変化がおこっている背景には、それぞれの国の経済状態が不安定になっていることがあるように思います。その結果起こる戦争のことを考えると、騒ぐのも民衆かもしれませんが、犠牲になるのもやはり民衆です。

安酒は簡単にあおれますし、あおりたくなる気持ちもよくわかります。
ただ、この安酒には不純物が混じっているのか、あおったあと頭痛ですめば良いのですが、命にかかわることもあるようです。
安酒をこらえて、時機がくるのを待つという気持ちも大事なようですね。
お酒が好きな方、たとえが悪くて失礼しました。お酒を中傷するつもりはありませんので、安心して美味しいお酒をお楽しみ下さい。
ちなみに、村上春樹さん、インターネットでみているとノーベル文学賞の候補にあがっているようですね。
神戸高校卒業とお聞きしたことがあったのですが、お父さんのお父さんは西山光明寺の住職さんだったのですね。
近くないひとですが親近感がわきます。


80歳代の叔父が「1Q84」を読んでいると知って、手にした村上本です。
積ん読になっていたんですが、引っ張りだしてきました。
作品に対する考えの変遷もわかり、
まずは「アンダーグラウンド」あたりから読んでみようかと思いました。

2012年3月30日金曜日

孫文がいたの? いました日本に。

花粉、黄砂まっさかりで、あちこちでくしゃみをするひとを見かけますね。

「孫文がいたの?」という題をつけさせていただきましたが、孫文さんご存知ですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E6%96%87

ウィキペディアによると中国革命の父とあります

今回、孫文について書くきっかけは、某大新聞の夕刊に掲載された「孫文がいた」という孫文に関わる人々の記事をみたのがきっかけです。

元医師(マカオで開業していたそうです)であったり、日本に亡命して、神戸に滞在していたことがあるなど、どんなひとだったか興味がわきます。

孫文は台湾(中華民国)建国の父とも言われています。孫文の結成した革命政党の国民党が日本との戦争が終戦となった後、共産党との内戦に破れ、最終的に蒋介石が台湾に逃れ中華民国を建国したのは皆さん良くご存知だと思います。

この国民党が台湾人の弾圧を行ったことから、台湾人の孫文に対する感情も複雑なようです。

機会があったら、また書かせていただきます。この項続くかもです。

去年 辛亥革命100周年を記念してジャッキーチェンの『1911』が上映されていたようですが、まだ観れてません。

http://1911-movie.jp/